2026/02/12 バレンタインネタ バレンタインネタ 腐向け。両片思い。 バレンタインネタはなんぼあっても良いの精神。 続きを読む * レッドの居所が判明してからというもの、グリーンは定期的にレッドの元を訪れるようになっていた。 セキエイ高原を越えた先、人気のない極地。 来る者を拒むようなその場所をねぐらにしている幼馴染は、なぜか頑なに家へ帰ろうとしなかった。 正直、勝手にしろと放っておきたかったが、レッドのことをずっと心配しているおばさんの事は放っておけなかった。 仕方なく、ひと月に一度山を登り、親不孝者の安否を確認している。 とりとめもない話をしたり、バトルをしたり、持ち込んだ飯を食べたりして、小一時間山の上で過ごす。 その後マサラに行って、おばさんに近況を報告するというルーティンを先週こなしたばかりだ。 本来なら、今日ここへ来る理由はないのだが。 ザクザクと雪を踏みしめながら、山の頂に見慣れた赤を見つけたグリーンは、手を振って呼びかけた。 「よおーッ! レッド!」 澄んだ山の空気を切り裂くように、グリーンの声が響く。 振り返った赤い帽子の少年が、わずかに目を瞬かせた。 「……グリーン? もう一ヶ月経ったっけ?」 「いや、まだ経ってねぇけど」 一週間ぶりに会う幼馴染は、顔色ひとつ変えずにこちらを出迎えた。 めちゃくちゃ喜べとは言わないが、もう少し反応ってもんがあってもいいだろと思う。 「何だよ、遊びに来ちゃ悪いかよ」 「そうは言ってないけど…… 忙しいって言ってなかった?」 痛いところを突かれ、グリーンは一瞬言葉に詰まった。 「……んー、まあ忙しいぜ」 色んな意味で、と心の中で付け足す。 苦々しげな顔を見て、レッドは少し声色を強める。 「なに? ジム抜け出してきたの? また怒られるよ」 もっともな言葉だ。 常識知らずのこいつに言われるのは腹立たしいが、自分自身も怒られる事をしている自覚はある。 だとしても。 「……今日はどうしようもない理由があんだよ」 そう、どうしようもない理由が。 レッドは静かに首を傾げた。 「……言ってみなよ」 グリーンは一歩近づき、わざとらしく咳払いをした。 「……レッド。今日が何の日か知ってるか?」 「……今日って何日?」 まあ、お前はそういうやつだよな、と日付感覚の死んでいる幼馴染を横目に見やりながら、グリーンは続ける。 「2/14! バレンタインだよ!バレンタイン!」 高らかに宣言するが、返ってきたのは淡泊な声だった。 「へー。それがどうしたの?」 「……どうしたもこうしたも!」 堰を切ったように愚痴が溢れ出す。 「自慢じゃねえけど、ジムリーダーになってから、チョコめちゃくちゃ貰うようになってさあ!」 「ふーん」 「ジムの外に出待ちの行列が出来てんだよ!」 「良かったじゃん」 「…っよくねーよ!!」 思わず声が裏返る。 「そんだけの人数から貰うだけでも大変なのに、貰った日にゃお返しも考えなきゃなんねぇんだぞ! 一ヶ月ずっとチョコのことばっか! 毎日おやつずっとチョコ! 追い返せってジムのやつらに頼んでも 『良かったですねえ』っつって取り合ってくんねえし! あいつら、他人事だと思って……! あー腹立つ! なんなんだよ!」 一気に吐き出して、肩で息をする。 レッドはしばらく黙って聞いていたが、やがてぽつりと言った。 「……じゃあ今、トキワシティは 君を待ってる人でいっぱいなわけだ。 ジムのみんな困ってるんじゃないの?」 「……お前までそういう事言うんだな!」 図星を刺され、顔をしかめる。 「あーそうだよ! みんな血眼になって探してるだろうよ! だからここに来た! ここなら絶対見つかんねえからな!」 沈黙が落ちる。 レッドの表情は帽子に遮られて見えないが、口元が小さく動くのを見て、何か仕掛けようとしているのは分かった。 警戒を強めたグリーンの足元で、金色の影がぴょんと跳ねた。 「? ピカチュウ? おい、くすぐったいって! どうしたんだよ?」 じゃれつくピカチュウの動きが少し妙だ。 「って……あ!」 その小さな前足が、グリーンの懐から青い端末を器用に掴み取った。 「おい! お前何しようとしてる!」 ピカチュウはレッドの元へ駆けて行き、グリーンから奪い取ったものを渡した。 「……れんらく」 「はあ!? ちょ、待て! 返せこら!」 慌てて取り返そうとするも、雪に足を取られて思うように動けない。 何とかレッドの元に辿り着いた頃には、事は全て終わっていた。 「はい」 「おまえ! 何を……」 投げてよこされた端末を慌てて確認する。 『グリーン ぼくのとこにいます レッド』 開かれたままのメール画面。 宛先はトキワジムのヤスタカ宛てだった。 「……お前! 裏切りやがったな!!!」 「どこにいるかくらい言えって ぼくに言ったのはどこの誰」 「…………っ」 言葉に詰まる。 間違いなく特大のブーメランが返ってきた。 ぐうの音も出ない。 おそらく、この後一時間もしないうちに、ここに入れるやつ──十中八九、ワタルが飛んでくる。 そして有無を言わさず連れ戻される。 グリーンはこの後の避けようがない未来を想像して、空を仰いだ。 それを見て憐れんだのか、レッドがポツリと呟く。 「……でもこれ送っても、多分連れ戻されないよ」 「……いや、絶対ワタルが飛んでくるぜ」 「……無理だと思う」 やけに確信めいた言葉に、グリーンは眉を顰めた。 それを見たレッドは、無言でリザードンをボールから出す。 「乗って」 差し出された手を、グリーンは取った。 * 二人は並んで、セキエイリーグ本部を見下ろした。 上空からでもはっきり分かる。 建物の前は人でごった返していた。 色とりどりの包みを抱えた人々が、延々と列を作っている。 「……ね? 君に構ってる暇ないよ」 「…………確かに」 レッドの言う通り、ここを突破するだけでも大変そうな有様だ。 トキワジムから抜け出した際に目にした人混みと同等か、それ以上か……。 詰めかける人々を、リーグ職員が必死に捌いている。 「……自分だけ逃げて罪悪感でも湧いた?」 後ろから、少し揶揄うような声がかかる。 振り向くと、案の定、小馬鹿にした顔で幼馴染が笑っていた。 「……はー。オレ戻るわ」 観念したように項垂れたグリーンは、自身のボールからピジョットを呼び出し、リザードンの背から飛び移った。 「そう。じゃあね」 「おう。またな」 リザードンをひと撫でしたグリーンは、ピジョットにトキワまで頼むと指示を出した。 返事のようにピジョットがひと鳴きする。 まさに飛び立つその瞬間。 「……食べきれないチョコ持ってきなよ」 減らすのは手伝えるよと、いたずらっぽく笑ってレッドは言った。 ぶきっちょな幼馴染なりの励ましに、グリーンは満面の笑みで応えた。 「死ぬほど持ってきてやるよ!」 * 数時間ぶりのトキワシティ。 どんな地獄が待ち受けているかと恐る恐るジム前を確認したグリーンは、驚きのあまりピジョットから落ちそうになった。 あれほど溢れていた人混みが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。 「……は?」 静まり返ったジム前で立ち尽くしていると、扉が開いた。 「あ。リーダー。帰ってきたんですか」 ヤスタカはいつも通りの笑顔だ。 扉を開けたままグリーンを待っている。 おそらく中に入れとの意味だろう。 グリーンは諦観の面持ちでジムの扉を潜った。 「……抜け出して悪かった。 怒ってる……よな?」 「怒ってませんよ?」 即答だった。 その声色は穏やかで、だからこそ逆に怖い。 「ただ、行き先だけは共有して下さい。 今は物騒ですから。 特にリーダーは目立つ立場なんですし」 じわりと圧が滲む。 やっぱり怒ってるじゃねえかと毒づきながら、グリーンは“分かりました”の意でうなづいた。 ヤスタカは、分かればよろしいと言わんばかりにうなづくと、開け放していたジムの扉を閉じた。 促されるまま、執務室への道を歩く。 少し空気の緩んだヤスタカに、帰ってきてからの疑問をぶつけた。 「なあ、外にいた人って…」 「ああ、みなさん帰りましたよ」 思わず振り返る。 「……オレが居ないって言って帰ったのか?」 だとしたら行幸だ。 そんな簡単な事で面倒ごとを回避できるなんて思ってもみなかった! 「ええ。 リーダーは好きな人の所に行ってるので 帰ってきませんって言ったら、 みんな解散しましたよ」 「……は?」 今、目の前にいるコイツは何を言っているんだろうか。 良い笑顔をしたヤスタカは続ける。 「それはもう、蜘蛛の子を散らすようでした! リーダーにも見せたかったなあ」 グリーンの顔が引きつる。 「……いや、待て待て待て。 好きな人の所に行ってるって……」 「ああ、ハイ。 レッドさんからリーダーいるって連絡受けたんで、 周りにも教えときました。 リーダーは“レッドさん”っていう好きな人の所に行ってて 今日一日帰ってきませんって」 沈黙。 思わず目に手を当てる。 「…………ヤスタカ。 お前ほんとはめちゃくちゃ怒ってるな?」 「怒ってませんよ。 っというか何で帰ってきたんですか? 痴話喧嘩しました?」 全く悪びれないどころか、煽って来るとは。 「……ヤスタカァ!!!」 ジムに、グリーンの絶叫が響き渡った。 * 「……チョコは?」 一週間ぶりに会う幼馴染への第一声がそれかよ、と呆れながらグリーンは懐から小箱を取り出した。 それを受け取りながら、レッドはこれだけ?と図々しいにも程がある事を言う。 「そーだよ!それだけ!」 そう言ってグリーンは雪の上に大の字になった。 今日は珍しく晴れていて、普段は雲に隠れている太陽がはっきりと見えた。 眩しさに思わず目を閉じる。 「死ぬほど持ってくるって言ってたのに」 むかつくことを言いながら、自分の横に座り込んだ幼馴染に顔をしかめる。 さらにこの後、このバカな幼馴染に馬鹿げた話をしなきゃならないと考えて、グリーンは気が重くなった。 あのバレンタインの日、ヤスタカがジムの前に集まった人たちに伝えた言葉はその日のうちにカントー中に広まり、その翌日行われたジムリーダーの集会に来た他の町のリーダーに、グリーンは死ぬほどいじられた。 「あんな大変な日に抜け出してまで会いに行くなんて、意外と一途なのね」 「そんなに会いたかったなんてねえ」 いくら否定しようと、何を言おうと取り合ってもらえない。 果てには、街中で見かけたゴシップ誌の見出しにまでなる始末。 頭が痛くなってきた。 この惨状に、噂を広めた張本人は何ともない顔で「事実だし良いじゃないですか」と、悪びれる様子もなく言い放った。 流石に怒った。 逃げ出したオレはともかく、レッドを勝手に巻き込むのはやめろと言うと、「そう言うところですよ」と言ってヤスタカはキレているオレを放置して仕事に戻った。 あんまりな態度に、オレはボイコット──山登りを決意した。 前回の去り際、チョコを持っていくと約束した手前、手ぶらで行くのは気が引けた。 かといって今、チョコレートのコーナーに行こうものなら何を言われるか分からない。 何か代わりになるものはないかと家の冷蔵庫を探していると、なぜかチョコレート作りに必要な材料一式が入っていた。 おそらく先日のバレンタイン用の材料を、姉が余らせたのだろう。 有り難く拝借して、適当に溶かして固める作業をしている間、「そう言うところですよ」とヤスタカの声が脳内に響き渡る。 むしゃくしゃを掻き消すようにラッピングし、懐に突っ込んで家を出た。 ──そうして作られたチョコを、オレの横にいる幼馴染は何の躊躇いもなく口に放り込む。 「……あんまり美味しくない」 「……ひでーなお前」 それを作った人間のことを一切思いやらない率直な感想に、グリーンは顔をしかめたと同時に、こんな失礼なやつの口に入るのが、女の子のチョコじゃなくてオレので良かったなと思った。 ……オレは一体何を考えているんだ? 「グリーンが作ったの?これ」 思わず飛び起きる。 「……なんでオレの名前が出てくんだよ」 心臓がバクバクと音を立てていた。 誰が作ったかなんてわかるはずもない、というか絶対に分からないよう気をつけて作ったはずなのに、言い当てられてグリーンは焦っていた。 その焦りを知ってか知らずか、レッドは何となしにつぶやく。 「え?だってグリーン ぼくのこと好きなんでしょ?」 * 固まったグリーンの横で、レッドは相変わらずモグモグとチョコを食べていた。 普通に美味しくない。おそらく彼が本気を出せば、もっと美味しくなれたであろうチョコを思うと、少し腹が立った。 あの日グリーンと別れた後、その後が気になりトキワシティをひっそりと訪れていたレッドは、自分と幼馴染が恋仲だと噂されていることを知った。 彼が否定に奔走していることも、全く相手にされていないことも、風の噂で知った。 ──当分会いにこないだろうな。 少なくとも噂が風化するまでは、あの意地っ張りな幼馴染が会いに来ることはないだろうと予想を立てて、一人ため息をつく。 それがまさか、ひと月と経たないうちに会いに来るとは、とレッドは未だ固まったままのグリーンを横目で見ながら思った。 「……それどこで聞いたんだよ」 どうやら解凍できたようだ。 ようやく現実に帰ってきたグリーンが、重々しく口を開いた。 「こないだ山降りた時。 噂とか雑誌とか」 端的に答えると、唸る様な声が横から飛んできた。 「嫌だったろ」 彼は、断罪を待つかのように俯いている。 嫌か、嫌じゃないかで聞かれたら。 「別に、嫌じゃなかったよ」 しばしの沈黙。 彼の表情は見えないけれど、さっきより緩められた握り拳を見て、レッドは少し安堵した。 俯いたまま、グリーンは続ける。 「……その、悪かったな。 迷惑かけてよ。 もうちょっとしたらみんな飽きて あんなバカな噂忘れっからさ。 それまで我慢してくれって、 今日は言いにきたんだよ」 早口でグリーンは捲し立てる。 レッドは黙って続きを促した。 「……ほんとは今日来るのも 余計言われそうで迷ったんだけどさ。 お前が山降りていきなり 変なこと言われて気分悪くするよりは マシかと思って来たんだけど…。 もう聞いちまってたんだな…」 まさかこんな事になるなんてなと、自嘲気味にグリーンは笑っていた。 彼は、ぼくが注目されるのを死ぬほど嫌っていると思っているからか、いつになく真剣に後悔している様だった。 「……せっかく山降りたのに 嫌な思いさせてごめんな? オレもう当分来ねえわ だから──」 ──グリーンが来なくなる? 「ぼく嫌だって言ってないよ」 来なくなるのは困る。 そう思ったら、自然と否定の言葉が溢れ出た。 「それに」 俯いていた目が、こちらを見る。 「グリーンがぼくのこと好きな事なんか 大分前から知ってるし」 「ほんとのことじゃん」とレッドが付け加えると、グリーンは分かりやすく震え出した。 「んなわけ」やら「違うし」とぶつくさ言いながら唸っている。 顔を真っ赤にしている時点でもう答え合わせみたいなものなのに、とレッドは空を見やった。 横からずっと「好きじゃねえし」だの「おまえ例え不味くても正直に言うこたないだろ」だの恨み言が聞こえて来るが、レッドは全部無視してチョコを食べ切った。 散々否定の言葉を並べ立てた後、逃げ帰ろうとするグリーンの背中に向かって、「来月も来るんだよね」とレッドは声をかけた。 一応、万が一、念のための確認だ。 しばしの沈黙の後。 「しょうがねえから来てやるよ!」 と半ば投げやりに返された答えに、レッドは思わず声を上げて笑った。 おわり畳む プロット edit
バレンタインネタ
腐向け。両片思い。
バレンタインネタはなんぼあっても良いの精神。
*
レッドの居所が判明してからというもの、グリーンは定期的にレッドの元を訪れるようになっていた。
セキエイ高原を越えた先、人気のない極地。
来る者を拒むようなその場所をねぐらにしている幼馴染は、なぜか頑なに家へ帰ろうとしなかった。
正直、勝手にしろと放っておきたかったが、レッドのことをずっと心配しているおばさんの事は放っておけなかった。
仕方なく、ひと月に一度山を登り、親不孝者の安否を確認している。
とりとめもない話をしたり、バトルをしたり、持ち込んだ飯を食べたりして、小一時間山の上で過ごす。
その後マサラに行って、おばさんに近況を報告するというルーティンを先週こなしたばかりだ。
本来なら、今日ここへ来る理由はないのだが。
ザクザクと雪を踏みしめながら、山の頂に見慣れた赤を見つけたグリーンは、手を振って呼びかけた。
「よおーッ! レッド!」
澄んだ山の空気を切り裂くように、グリーンの声が響く。
振り返った赤い帽子の少年が、わずかに目を瞬かせた。
「……グリーン? もう一ヶ月経ったっけ?」
「いや、まだ経ってねぇけど」
一週間ぶりに会う幼馴染は、顔色ひとつ変えずにこちらを出迎えた。
めちゃくちゃ喜べとは言わないが、もう少し反応ってもんがあってもいいだろと思う。
「何だよ、遊びに来ちゃ悪いかよ」
「そうは言ってないけど…… 忙しいって言ってなかった?」
痛いところを突かれ、グリーンは一瞬言葉に詰まった。
「……んー、まあ忙しいぜ」
色んな意味で、と心の中で付け足す。
苦々しげな顔を見て、レッドは少し声色を強める。
「なに? ジム抜け出してきたの? また怒られるよ」
もっともな言葉だ。
常識知らずのこいつに言われるのは腹立たしいが、自分自身も怒られる事をしている自覚はある。
だとしても。
「……今日はどうしようもない理由があんだよ」
そう、どうしようもない理由が。
レッドは静かに首を傾げた。
「……言ってみなよ」
グリーンは一歩近づき、わざとらしく咳払いをした。
「……レッド。今日が何の日か知ってるか?」
「……今日って何日?」
まあ、お前はそういうやつだよな、と日付感覚の死んでいる幼馴染を横目に見やりながら、グリーンは続ける。
「2/14!
バレンタインだよ!バレンタイン!」
高らかに宣言するが、返ってきたのは淡泊な声だった。
「へー。それがどうしたの?」
「……どうしたもこうしたも!」
堰を切ったように愚痴が溢れ出す。
「自慢じゃねえけど、ジムリーダーになってから、チョコめちゃくちゃ貰うようになってさあ!」
「ふーん」
「ジムの外に出待ちの行列が出来てんだよ!」
「良かったじゃん」
「…っよくねーよ!!」
思わず声が裏返る。
「そんだけの人数から貰うだけでも大変なのに、貰った日にゃお返しも考えなきゃなんねぇんだぞ!
一ヶ月ずっとチョコのことばっか!
毎日おやつずっとチョコ!
追い返せってジムのやつらに頼んでも 『良かったですねえ』っつって取り合ってくんねえし!
あいつら、他人事だと思って……!
あー腹立つ! なんなんだよ!」
一気に吐き出して、肩で息をする。
レッドはしばらく黙って聞いていたが、やがてぽつりと言った。
「……じゃあ今、トキワシティは 君を待ってる人でいっぱいなわけだ。 ジムのみんな困ってるんじゃないの?」
「……お前までそういう事言うんだな!」
図星を刺され、顔をしかめる。
「あーそうだよ!
みんな血眼になって探してるだろうよ! だからここに来た!
ここなら絶対見つかんねえからな!」
沈黙が落ちる。
レッドの表情は帽子に遮られて見えないが、口元が小さく動くのを見て、何か仕掛けようとしているのは分かった。
警戒を強めたグリーンの足元で、金色の影がぴょんと跳ねた。
「? ピカチュウ? おい、くすぐったいって!
どうしたんだよ?」
じゃれつくピカチュウの動きが少し妙だ。
「って……あ!」
その小さな前足が、グリーンの懐から青い端末を器用に掴み取った。
「おい! お前何しようとしてる!」
ピカチュウはレッドの元へ駆けて行き、グリーンから奪い取ったものを渡した。
「……れんらく」
「はあ!? ちょ、待て! 返せこら!」
慌てて取り返そうとするも、雪に足を取られて思うように動けない。
何とかレッドの元に辿り着いた頃には、事は全て終わっていた。
「はい」
「おまえ! 何を……」
投げてよこされた端末を慌てて確認する。
『グリーン ぼくのとこにいます
レッド』
開かれたままのメール画面。
宛先はトキワジムのヤスタカ宛てだった。
「……お前! 裏切りやがったな!!!」
「どこにいるかくらい言えって ぼくに言ったのはどこの誰」
「…………っ」
言葉に詰まる。
間違いなく特大のブーメランが返ってきた。
ぐうの音も出ない。
おそらく、この後一時間もしないうちに、ここに入れるやつ──十中八九、ワタルが飛んでくる。
そして有無を言わさず連れ戻される。
グリーンはこの後の避けようがない未来を想像して、空を仰いだ。
それを見て憐れんだのか、レッドがポツリと呟く。
「……でもこれ送っても、多分連れ戻されないよ」
「……いや、絶対ワタルが飛んでくるぜ」
「……無理だと思う」
やけに確信めいた言葉に、グリーンは眉を顰めた。
それを見たレッドは、無言でリザードンをボールから出す。
「乗って」
差し出された手を、グリーンは取った。
*
二人は並んで、セキエイリーグ本部を見下ろした。
上空からでもはっきり分かる。 建物の前は人でごった返していた。
色とりどりの包みを抱えた人々が、延々と列を作っている。
「……ね? 君に構ってる暇ないよ」
「…………確かに」
レッドの言う通り、ここを突破するだけでも大変そうな有様だ。
トキワジムから抜け出した際に目にした人混みと同等か、それ以上か……。
詰めかける人々を、リーグ職員が必死に捌いている。
「……自分だけ逃げて罪悪感でも湧いた?」
後ろから、少し揶揄うような声がかかる。
振り向くと、案の定、小馬鹿にした顔で幼馴染が笑っていた。
「……はー。オレ戻るわ」
観念したように項垂れたグリーンは、自身のボールからピジョットを呼び出し、リザードンの背から飛び移った。
「そう。じゃあね」
「おう。またな」
リザードンをひと撫でしたグリーンは、ピジョットにトキワまで頼むと指示を出した。
返事のようにピジョットがひと鳴きする。
まさに飛び立つその瞬間。
「……食べきれないチョコ持ってきなよ」
減らすのは手伝えるよと、いたずらっぽく笑ってレッドは言った。
ぶきっちょな幼馴染なりの励ましに、グリーンは満面の笑みで応えた。
「死ぬほど持ってきてやるよ!」
*
数時間ぶりのトキワシティ。
どんな地獄が待ち受けているかと恐る恐るジム前を確認したグリーンは、驚きのあまりピジョットから落ちそうになった。
あれほど溢れていた人混みが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
「……は?」
静まり返ったジム前で立ち尽くしていると、扉が開いた。
「あ。リーダー。帰ってきたんですか」
ヤスタカはいつも通りの笑顔だ。
扉を開けたままグリーンを待っている。
おそらく中に入れとの意味だろう。
グリーンは諦観の面持ちでジムの扉を潜った。
「……抜け出して悪かった。 怒ってる……よな?」
「怒ってませんよ?」
即答だった。
その声色は穏やかで、だからこそ逆に怖い。
「ただ、行き先だけは共有して下さい。
今は物騒ですから。
特にリーダーは目立つ立場なんですし」
じわりと圧が滲む。
やっぱり怒ってるじゃねえかと毒づきながら、グリーンは“分かりました”の意でうなづいた。
ヤスタカは、分かればよろしいと言わんばかりにうなづくと、開け放していたジムの扉を閉じた。
促されるまま、執務室への道を歩く。
少し空気の緩んだヤスタカに、帰ってきてからの疑問をぶつけた。
「なあ、外にいた人って…」
「ああ、みなさん帰りましたよ」
思わず振り返る。
「……オレが居ないって言って帰ったのか?」
だとしたら行幸だ。
そんな簡単な事で面倒ごとを回避できるなんて思ってもみなかった!
「ええ。 リーダーは好きな人の所に行ってるので 帰ってきませんって言ったら、 みんな解散しましたよ」
「……は?」
今、目の前にいるコイツは何を言っているんだろうか。
良い笑顔をしたヤスタカは続ける。
「それはもう、蜘蛛の子を散らすようでした!
リーダーにも見せたかったなあ」
グリーンの顔が引きつる。
「……いや、待て待て待て。 好きな人の所に行ってるって……」
「ああ、ハイ。
レッドさんからリーダーいるって連絡受けたんで、 周りにも教えときました。
リーダーは“レッドさん”っていう好きな人の所に行ってて
今日一日帰ってきませんって」
沈黙。
思わず目に手を当てる。
「…………ヤスタカ。
お前ほんとはめちゃくちゃ怒ってるな?」
「怒ってませんよ。
っというか何で帰ってきたんですか?
痴話喧嘩しました?」
全く悪びれないどころか、煽って来るとは。
「……ヤスタカァ!!!」
ジムに、グリーンの絶叫が響き渡った。
*
「……チョコは?」
一週間ぶりに会う幼馴染への第一声がそれかよ、と呆れながらグリーンは懐から小箱を取り出した。
それを受け取りながら、レッドはこれだけ?と図々しいにも程がある事を言う。
「そーだよ!それだけ!」
そう言ってグリーンは雪の上に大の字になった。
今日は珍しく晴れていて、普段は雲に隠れている太陽がはっきりと見えた。
眩しさに思わず目を閉じる。
「死ぬほど持ってくるって言ってたのに」
むかつくことを言いながら、自分の横に座り込んだ幼馴染に顔をしかめる。
さらにこの後、このバカな幼馴染に馬鹿げた話をしなきゃならないと考えて、グリーンは気が重くなった。
あのバレンタインの日、ヤスタカがジムの前に集まった人たちに伝えた言葉はその日のうちにカントー中に広まり、その翌日行われたジムリーダーの集会に来た他の町のリーダーに、グリーンは死ぬほどいじられた。
「あんな大変な日に抜け出してまで会いに行くなんて、意外と一途なのね」
「そんなに会いたかったなんてねえ」
いくら否定しようと、何を言おうと取り合ってもらえない。
果てには、街中で見かけたゴシップ誌の見出しにまでなる始末。
頭が痛くなってきた。
この惨状に、噂を広めた張本人は何ともない顔で「事実だし良いじゃないですか」と、悪びれる様子もなく言い放った。
流石に怒った。
逃げ出したオレはともかく、レッドを勝手に巻き込むのはやめろと言うと、「そう言うところですよ」と言ってヤスタカはキレているオレを放置して仕事に戻った。
あんまりな態度に、オレはボイコット──山登りを決意した。
前回の去り際、チョコを持っていくと約束した手前、手ぶらで行くのは気が引けた。
かといって今、チョコレートのコーナーに行こうものなら何を言われるか分からない。
何か代わりになるものはないかと家の冷蔵庫を探していると、なぜかチョコレート作りに必要な材料一式が入っていた。
おそらく先日のバレンタイン用の材料を、姉が余らせたのだろう。
有り難く拝借して、適当に溶かして固める作業をしている間、「そう言うところですよ」とヤスタカの声が脳内に響き渡る。
むしゃくしゃを掻き消すようにラッピングし、懐に突っ込んで家を出た。
──そうして作られたチョコを、オレの横にいる幼馴染は何の躊躇いもなく口に放り込む。
「……あんまり美味しくない」
「……ひでーなお前」
それを作った人間のことを一切思いやらない率直な感想に、グリーンは顔をしかめたと同時に、こんな失礼なやつの口に入るのが、女の子のチョコじゃなくてオレので良かったなと思った。
……オレは一体何を考えているんだ?
「グリーンが作ったの?これ」
思わず飛び起きる。
「……なんでオレの名前が出てくんだよ」
心臓がバクバクと音を立てていた。
誰が作ったかなんてわかるはずもない、というか絶対に分からないよう気をつけて作ったはずなのに、言い当てられてグリーンは焦っていた。
その焦りを知ってか知らずか、レッドは何となしにつぶやく。
「え?だってグリーン
ぼくのこと好きなんでしょ?」
*
固まったグリーンの横で、レッドは相変わらずモグモグとチョコを食べていた。
普通に美味しくない。おそらく彼が本気を出せば、もっと美味しくなれたであろうチョコを思うと、少し腹が立った。
あの日グリーンと別れた後、その後が気になりトキワシティをひっそりと訪れていたレッドは、自分と幼馴染が恋仲だと噂されていることを知った。
彼が否定に奔走していることも、全く相手にされていないことも、風の噂で知った。
──当分会いにこないだろうな。
少なくとも噂が風化するまでは、あの意地っ張りな幼馴染が会いに来ることはないだろうと予想を立てて、一人ため息をつく。
それがまさか、ひと月と経たないうちに会いに来るとは、とレッドは未だ固まったままのグリーンを横目で見ながら思った。
「……それどこで聞いたんだよ」
どうやら解凍できたようだ。
ようやく現実に帰ってきたグリーンが、重々しく口を開いた。
「こないだ山降りた時。
噂とか雑誌とか」
端的に答えると、唸る様な声が横から飛んできた。
「嫌だったろ」
彼は、断罪を待つかのように俯いている。
嫌か、嫌じゃないかで聞かれたら。
「別に、嫌じゃなかったよ」
しばしの沈黙。
彼の表情は見えないけれど、さっきより緩められた握り拳を見て、レッドは少し安堵した。
俯いたまま、グリーンは続ける。
「……その、悪かったな。
迷惑かけてよ。
もうちょっとしたらみんな飽きて
あんなバカな噂忘れっからさ。
それまで我慢してくれって、
今日は言いにきたんだよ」
早口でグリーンは捲し立てる。
レッドは黙って続きを促した。
「……ほんとは今日来るのも
余計言われそうで迷ったんだけどさ。
お前が山降りていきなり
変なこと言われて気分悪くするよりは
マシかと思って来たんだけど…。
もう聞いちまってたんだな…」
まさかこんな事になるなんてなと、自嘲気味にグリーンは笑っていた。
彼は、ぼくが注目されるのを死ぬほど嫌っていると思っているからか、いつになく真剣に後悔している様だった。
「……せっかく山降りたのに
嫌な思いさせてごめんな?
オレもう当分来ねえわ
だから──」
──グリーンが来なくなる?
「ぼく嫌だって言ってないよ」
来なくなるのは困る。
そう思ったら、自然と否定の言葉が溢れ出た。
「それに」
俯いていた目が、こちらを見る。
「グリーンがぼくのこと好きな事なんか
大分前から知ってるし」
「ほんとのことじゃん」とレッドが付け加えると、グリーンは分かりやすく震え出した。
「んなわけ」やら「違うし」とぶつくさ言いながら唸っている。
顔を真っ赤にしている時点でもう答え合わせみたいなものなのに、とレッドは空を見やった。
横からずっと「好きじゃねえし」だの「おまえ例え不味くても正直に言うこたないだろ」だの恨み言が聞こえて来るが、レッドは全部無視してチョコを食べ切った。
散々否定の言葉を並べ立てた後、逃げ帰ろうとするグリーンの背中に向かって、「来月も来るんだよね」とレッドは声をかけた。
一応、万が一、念のための確認だ。
しばしの沈黙の後。
「しょうがねえから来てやるよ!」
と半ば投げやりに返された答えに、レッドは思わず声を上げて笑った。
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