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シオンにて

シオンにて



トキワジム。
山を下りてから、ぼくはここに通うようになった。

一日一回、戦う。
引き分ける。
追い出される。
それの繰り返し。

ひと月くらいそれを繰り返しただろうか。
いつものように勝負が終わったあと、グリーンがふいに口を開いた。

「なあ。おまえ、ハナダの洞窟にいたやつ、捕まえてるんだよな」

ミュウツーのことだろう。
グリーンに言った覚えはないけれど、博士から聞いたんだろうか。
ぼくがうなずくと、グリーンはちょっと考えるそぶりをした。

「どうせヒマだろ?…おまえさ、シオンのフジじいさんのとこ行って、捕まえたって報告してこいよ」

「……?」

「……たぶん気にしてるだろうから。安心させてやれよ」

たしかに、グレン島で起きたことを考えれば、報告してあげたほうがいいかもしれない。
グリーンに言われるまで、思い当たりもしなかった。
言われたことは理解できたけど、なんでグリーンがそれをぼくに今言ったのかが、妙にひっかかった。

「……行くけど、なんで急に?」

「……ヒマそうだからだよ」

そう言って、グリーンはぼくをジムから追い出した。
説明する気はないみたいだった。
諦めて、ぼくはその足でシオンへと向かった。





シオンタウンは記憶にある町とは少し違っていた。
ポケモンタワーはラジオ局になっていて、新しい建物も増えている。
なんとなく雰囲気が明るくなった気がした。

それでも、足を止めると、どこかに静けさが残っている。
騒がしい町じゃない。
記憶をたどりながら、フジじいさんを探し歩いた。

町の人に聞いて、花に囲まれた建物の中に入った。
建物の奥、日差しが差し込む窓のそばに、その人は立っていた。
足音に気づいて振り返ったフジじいさんに、軽く会釈をする。

「……戻られてたんですね」

フジじいさんは一瞬目を丸くしたあと、穏やかな声でそう言った。
ぼくが行方不明だったことは、ここにも届いていたらしい。
うなずくと、「良かったです」とフジじいさんは何度もうなずいていた。

どこへ行っていたのか。
どうしていなくなったのか。

そういうことは、何も聞かれなかった。
何を追及されるわけでもない。
ただ「戻ってきてよかった」と何度も言われて、ぼくはだんだん居たたまれなくなってきた。

ぼくはその居心地の悪さをごまかすように図鑑を取り出した。
ミュウツーのページを開いて、捕まえたことを伝える。

「もしかして、伝えにきてくれたんですか?」

またうなずく。図鑑をしまって、代わりにミュウツーが入っているボールを取り出した。
フジじいさんは、それを目を細めて見つめた。

「……生きていたんですね。……よく捕まえてくれました」

「……強かった」

三年前に捕まえたときのことを、今も思い出せる。

暗い水音。
湿った空気。
奥からこちらを見ていた、強すぎる気配。

あれは、死闘だった。
その時のことを思い出していると、フジじいさんが静かに涙を流していた。
慌ててボールをしまい、そばに駈け寄った。

「……ああ、ごめんなさい。安心して、思わず。ありがとう」

背中をさすると、フジじいさんは繰り返しありがとうと言った。

ありがとう。
ありがとう。

その言葉を聞くたびに、胸の奥に重いものが溜まっていく。

この人は、待っていたんだろう。
ミュウツーがどうなったのか。
生きていたのか。
もう苦しんでいないのか。
それを、ずっと。

それなのに、ぼくは三年も待たせた。
もっと早く来られたはずだった。
ちょっと考えれば、わかったはずだった。

「……ごめんなさい、……ほんとはもっと、ずっと早く来れた」

声に出すと、余計にその重さがはっきりした。

あの時のぼくは、自分のことしか考えていなかった。
自分の都合で山にいて、その間、この人を待たせていた。

三年。

三年、待たせた。

「謝らないでください。……誰しも戻れない事情のひとつやふたつ、あるものでしょう?」

肩に手が置かれて、現実に戻ってきた。
フジじいさんは泣き止んでいて、代わりにぼくが泣いていた。

「……どうしよう、ぼく、謝らなきゃ」

口に出してから、誰に、と考えた。
考えるまでもなかった。

まだ、謝れてない人がいる。
だって、待ってたって言わなかったから。
怒ってるとも言わなかったから。

「レッドくん」

フジじいさんの声が、静かに響いた。

「謝りたい人が、いるんですね」

「……うん」

「……三年、待たせてた」

言葉にするたび、こめかみに力が入った。

「なのに、なにも言われなかった」

「だから、謝れなかった」

母さんたちみたいに怒ってくれればよかった。そうしたら謝れた。
待ってたって言ってくれればよかった。そうしたらごめんって言えた。

けれど、何も言われなかった。

言わせてもらえなかったんだと、気づいた。

「……どうしよう」

どうしようもない。全部自分が蒔いた種だ。

フジじいさんは、しばらく黙っていた。
窓の外で、花が小さく揺れている。

やがて、彼はぽつりと話し始めた。

「レッドくん、私も昔、姿を消したことがありました」

「きみよりひどいです。何十年と、姿を消していました」

フジじいさんは、どこか遠くを見るように目を細めた。

「それでも、待ってくれていた人がいました。私は謝りました。……いや、謝らせてもらえたというほうが、近いのかもしれません」

謝らせてもらえた。
その言葉が、妙に耳に残った。

「謝ることは、大切です。けれど、謝れることは、ありがたいことでもあります」

フジじいさんは、ゆっくりと建物の中を見渡した。
ぼくもつられて顔を上げる。
花。
窓辺。
静かに祈るための場所。
フジじいさんは、それを大切そうに見つめていた。

「一度離れた人間が、また同じ場所に立つには、言葉だけでは足りないこともあるのでしょう」

「……言葉だけじゃ、足りない」

「ええ」

フジじいさんはうなずいた。

「私はシオンタウンに来て、いろんな人たちと、ポケモンの弔いをしてきました」

「私にしかできないことが、ここにはたくさんありました」

「君も、君にしかできないことを、見つけるといいのかもしれませんね」

フジじいさんは、こちらを見て穏やかに笑った。

ぼくにしかできないこと。
グリーンじゃできないこと。
その言葉を、胸の中で何度か繰り返した。





「ぼく、旅に出る」

シオンタウンから戻ったあと、仕事終わりのグリーンを捕まえてそう告げた。
空はもう夕方で、トキワの町は薄い橙色に染まっていた。
ジムの裏口から出てきたグリーンは、こちらを見ても驚かなかった。

帰り道で考えた、ぼくにしかできないこと。

「先に行って、見てくる」

ジムに縛られたグリーンじゃ、できないこと。
むかし、グリーンが先にやっていたこと。
ぼくが、ずっと追いかけていたこと。

「色々見てくる」

先に行って見てくる。
グリーンが迷わないように。
いつかグリーンが旅に出たとき、道標になれるように。
これは、今のぼくにしかできない。

「……次は勝つよ」

言ってから、自分でもわかった。

本当は、ずっと気づいていた。
勝ってしまったら終わるんじゃないかと思って、ずっと引き分けにしてきたこと。
グリーンも、それを分かっていたこと。
でも、もう終わりにしなきゃいけない。

終わらせるためじゃない。
次に進むために。

「……そうかよ」

グリーンはこちらを向かなかった。
ただ、そこに立ち止まって、家の方角を見ている。
その横顔からは、何を考えているのかよくわからなかった。

ぼくはゆっくりとグリーンの前に回った。
カバンからバッジケースを取り出す。

緑色のバッジに手を伸ばす。
返そうと思った。

けれど、ぼくより先に、グリーンの手がそれをつまみ上げた。

「じゃあ、これはオレのだな」

「……」

「勝ったら返してやるよ」

グリーンはわざとらしくバッジを空にかざした。
夕方の光を受けて、緑色が小さく光る。
それを自分の上着の内ポケットにつけると、満足げに笑った。

「早く帰るぞ。夕飯なくなる」

そう言って、グリーンはぼくの横を抜けて家の方へ走り出した。

謝らせてはもらえなかった。
でも、受け取ってはもらえた。

あとは、勝つだけだ。

ぼくは少し前を走るグリーンを追いかけて、地面を蹴った。畳む

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